今は、どこでも映画を見たり、音楽を聴いたりできる。毎日僕もスマホで映画を見て電車に乗り、ストリーミングで音楽を聴きながら帰り道を歩いている。だけどそこで得られる体験は、映画館で映画を見たりライブハウスで音楽を聴いたりする体験と似て非なるものだと最近強く思う。例えばホラー映画を見たとき、映画館にいれば逃げ場のないように思える客席の暗闇、目をどこに逸らしても背けられない絶望的な描写、大きすぎても耳を塞ぐことしかできない大音量に置かれた状況で見るのと、スマホでぽちぽちと音量を下げたり、一回途中でやめたりできる、いわば拘束のない環境で見るのではわけが違う。恐ろしさがまるで違う。だから映像や音楽は同じでも、結局作品は鑑賞側との共同作業でつくられるものだから、全く違う作品になる。それを心に刻んだ上で、いまバスに乗りながらゴッドファーザーを見ている。