「生」のための表現の場として

 

 先日から、noteを始めました。

 kazuma iguchi|note

 

 始めるに至った経緯は最初の記事に長々と書きましたが、要するに、今までに自分が発信してきたことを体系的に整理したい、という思いが発端です。

 

 このはてなブログには、かなり個人的な思い──タイトルの通り、「雑感日記」的な文章を、これまでにも沢山書いてきました。SNSが苦手な自分にとって、この場所で長々と文章を書くことが日々の支えであったことは、疑いようもありません。読んでくださる皆様には、いつも本当に感謝しています。

 この場所には今後も、継続的に何かを書いていきたいと思います。駄文も多いかと思いますが、書くことに妥協せず生きていきたい、そしてそれこそが、自分にとっての「生」の表現なのだ、と、曲がりなりにも思っています。それらを含め、自分の表現全体を記録するためのnote、と認識してもらい、時々何をしてるかな、と覗きに来てもらえると嬉しいです。

 これからもよろしくお願いします。

祭りの季節

 暑くも寒くもない、完璧な温度設定の図書館で読みたかった本を読み終え、窓の外を見ると、いつの間にか日が暮れはじめていた。さて、そろそろ帰るか、と自宅に向けて車を走らせていると、各所で行なわれているらしい年に一度の祭りに向かう車の交通渋滞にまんまと巻き込まれた。別に自分は急いでいるわけではないから進みが遅いことに関しては問題無いのだが、車間距離を空けている車を煽るように背後からエンジンをふかす車や、クラクションを鳴らしながら隙間を縫うように前方車を追い抜いていく車の数々に囲まれながら走っていると、なんとなく自分も気が急いてしまい、心臓の鼓動が早くなってくる。普段は穏やかな近隣の道路が、祭りの季節になると一変、通勤ラッシュの都心の駅構内のような様相を帯びて、不自然な熱に浮かされてしまう。祭りの良さももちろん知っているから、一概に祭りの雰囲気が嫌いだ、とは言いたくないけれど、部外者とはいえそうした町の盛り上がりに、少なからず疲弊を感じてしまうのは確かだ。

 思えば僕はずっと、祭りやイベント事が苦手だった。人混みに恐らく他人以上に息苦しさを感じてしまう、という生理的な側面も多分にあるが、どうしても周囲が盛り上がっていると、そうした外部のエネルギーが強ければ強いほど逆に冷めてしまう自分を内に感じる場面が、昔からとても多い。今まではそんな自分になんとなく納得感、というか、「俺は浮かれてる連中とは違うぜ」的なある種の優越感を抱えてやり過ごし、逆に他の楽しみに没頭できることも多かったが、なんとなく最近はそうやって考えることも阿呆らしくなってきて、純粋に祭りを楽しめる人たちに羨ましさを感じることの方が多くなってきた。みんなそれぞれに人生の楽しみ方があって、それで良い、とは思うのだが、僕は僕なりに静かに過ごしたい、と思っているその心の平穏が、別の何かを楽しんでいる人たちの熱に侵食されて落ち着きを失ってしまうのはやはり社会として釣り合っていないような気がして、その気持ちは一体、どうやって腑に落とせば良いのだろうか、と考え込んでしまう。

 昨日からオリンピックが始まった。今年は花の都・パリでの開催ということもあって、開会式はセーヌ川で盛大におこなわれたらしい。僕は正直、芸術の聖地として憧れていた町がこういった形で報道に取り上げられるのはなんとなく寂しく、複雑な心境だが、ネット記事を読んでいると、世界各国から人の集まる盛り上がりの雰囲気とは裏腹に、パリで暮らしている市民たちはオリンピックが始まる前に他の土地に引っ越したり、期間中は旅行に出かける、といったように、オリンピックの狂奔から逃げていく人たちも数多くいるようだった。

 東京オリンピック以降、なんとなく「オリンピック」と聞くだけで否定的な印象を持ってしまうのは日本人だけかもしれないが、やはりこうして望まない騒ぎの空気が自分の暮らす土地に入り込むことによって、生活の平穏を脅かされるように感じる人も一方では沢山いるのだ。それを度外視して何かを推し進めていくことはやっぱり間違っているし、何より本気でスポーツに向き合い、人生を賭して勝利を目指しているアスリート達が、こうした状況では不憫でならない。

 じゃあどうしたら良いのか、と考えても、正直正解は見つからない。けれど、祭りやイベントを楽しもう、と思っている人側が想像力を働かせて、自分が楽しむことによって周りに迷惑をかけないようにする、という最低限のマナーの遵守は少なくとも必要だろう。それだけで両者の利害関係を釣り合わせることは難しいかもしれないけれど、できる限りそうやって努力している、という姿勢を僕は見たい。そうした姿勢を見ることができれば、僕も純粋に祭りの雰囲気を楽しめるようになるのかもしれないが、メディアの報道を見る限り、やっぱり切り取られるのはいつも「陽」の部分ばかりだ。日が当たる場所だけではなく、それによって生まれてしまう影の部分をしっかりと見つめたい、と思う、俗に言う「陰キャ」側の願いを、もう少し報道機関は真摯に汲み取って欲しい、と切に思う。そうでなければ僕らのような懐疑的な人間は、やっぱり素直に祭りやイベント事を楽しむことができない。

 

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 そんなことを考えながら渋滞の中、車をのろのろと走らせていると、ついに前が詰まって車列がしばらくの間動かなくなった。前方を見遣ると、祭りの半被を身に纏った色黒で体格の良い若い男性が、笛を吹いてさらに向こう側に向けて大きく手を振っている。どうやら、神輿が通るための一時的な通行止めらしい。さすがに僕も苛々としてきて、祭りなんてなくなれば良いのに、と思いながら、カーステレオの音量を上げた。

 しかししばらく経って神輿が通り過ぎた後、半被を纏ったその若い男性が、通行止めによって迷惑をかけた車の一台一台に対して丁寧にお辞儀をしているのが見える。「ご迷惑をお掛けしました。ご協力、ありがとうございました!!」威勢の良い声が、僕にも掛けられる。なんだよ、やるじゃん、と思う。僕はこういう姿勢が見たいのだ。人々が何かを思い切り楽しむための地盤は、こうした丁寧な心遣いや、汗水を流して本気でそれを守ろうとする人達の気概によって支えられているのだ。

 すっかり気を良くしてしまった僕は、家に帰り、今では少しだけ祭りを覗いてみても良かったかな、と後悔している。夜気と提灯の光に包まれながら飲むビールは、きっと美味いだろう。それでもやっぱり、そうした「陽」の世界に憧れながら日記を書く、ぐらいの方が、自分の身の丈にはあっているかもしれない。そう思ってソファに寝そべりながら、今日の日記を書いた。クーラーの効いた自室の窓の向こうからは、どこかから鳴り響く花火の音と、汗水を垂らして神輿を担ぐ人達の掛け声が、遠く聞こえている。

創作へ向かう必然

 書きたくて仕方がない、わけではないが、何かを書き始める。

 去年は一年間、そうやって毎日「日記」という形で何かを書き続けてきた。何も書く日が無い日でも兎に角iPhoneのメモ帳を開き、その日一日に起きた感慨を絞り出すように、日々書くことを捻出してきた。時には書き始めても具体が浮かばず、ぼんやりとした取り留めの無い感情を掴む、あるいは掴み損ねるだけの日も多々あったが、大抵の場合は書いている内に、言葉に引き摺られるようにして書きたいことが浮かんできて、その運動に素直に身を委ねることで、文章を書き続けてきた。その結果として、日々仕事や日常の雑事に追われている割には、沢山の文章を書くことができたと、今では少なからず満足している。

 しかしそれも正直な所、「毎日何かを書く」と決めたから続けられてきたことであって、そうした自分の中での縛りが無ければ一年間も日記を書き続けることは到底できなかっただろう、と思う。そしてそれは、自分が音楽活動をしていた時に関しても同じことが言えて、僕はバンドメンバーと共に定めた締切や、ライブの予定に合わせて曲を作ったり、ミュージックビデオを作ったり、そうした外的な要因があったからこそ創作を続けることができていた。一人でパソコンに向き合っているだけでは作ることができない曲が沢山あったし、なるほど作ることとは、自分一人の力や、日々の感慨だけでは続けることができないことだ、と、今となっては痛いほど思う。

 何かを生み出す、ということは、それなりにエネルギーが必要なことだ。そのエネルギーは、例えば誰かの作品を見たり読んだり聞いたりして、素晴らしい、と思い、そうしたものを自分の手で作りたい、という欲求から生まれる場合もあるし、自分の中に消化し切れない感情が芽生え、それを形にしたい、という不満の感情から生まれる場合もあるが、いずれにせよ何かを生み出すためには、それ相応のエネルギーを自分の内に育てる必要がある。それが無い場合には、先に書いたように自分で決まりを作ったり、誰かから決められた締め切りに向かって書く、ということでしか創作を続けることは難しい。

 しかしそうして外的な要因で決めたものは、何となく嘘くさい。というか、作品にはやっぱりそういう嘘くささがどうしても反映されてしまうものだ。創作をする、ということは、すなわち裸になることで、自らの根源に向かうことこそが創作なのだ、とすれば、誰かから言われて書いたり書きたくも無いのに書いたりした文章には、そうした「誰かから言われて書いた」ということや「書きたくも無いのに書いた」ということが、隠しようも無く色濃く滲んでしまうものだ。それは、僕が今までに触れてきた沢山の素晴らしい作家の作品を通して、よくわかってきた。それを骨の髄まで理解するために、これまでに沢山の作品に触れてきた、と言っても過言では無いかもしれない。

 僕が今までに沢山の本を読んだり、音楽を聴いたり、映画や絵画作品に触れてきたことは、結局の所すべて創作に通ずる予感を胸にやってきたことなのかもしれない、と、ふと思う。僕が高校の頃、ギターを手にして創作を始めなければ、ここまでの半生、と言えるほどの長い年月をかけて、これだけ多くの作品に触れることはしてこなかったはずだ。もちろん、純粋に創作ということを抜きにして作品に救われることは沢山あったし、元々文化芸術が好きだ、という面もあったが、それでもやっぱり「創作をしたい」という欲求が僕を作品に向かわせ、その作品から自分が創作をするエンジンを稼働させる、というサイクルを自分の中に育て、続けてきたことは確かだ。「生まれながらの表現者」なんてものはいない、ということは重々わかっているけれど、何となく自分は「創作をすることが自分にとっての全てだ」という感覚が恐らく人よりも強くて、そうした感覚を自分の中で大切に、ずっと育ててきた。けれど一度立ち止まって考えてみると、その感覚が生まれたことすらほんの小さな偶然に過ぎないのだ、と思い、今自分がここでこうして文章を書いていること自体も、不思議なことに思えてくる。

 もう後戻りはできないのだろうか、と思う。費やしてきた日々、蔑ろにしてきた友と過ごす時間、そうした全ての集積として今の自分があるのなら、やっぱり後戻りはできない、けれど、僕は今日書き始めた通り、書きたくて仕方がない、わけではないが、今日も何かを書き始めた。その創作へ向かう必然が、どこか自分の中では無い外側にあってほしい、と願う気持ちは捨てがたい。人にこう言われたから、こうしたい、とか、人がこうだから、こうしたい、とか、そうした外側の要因でしか自分の生の実感を持てないように、いつしか人間はなってしまったのかもしれない。それは醜いことのように思える、けれど、そうした醜さに、少しく愛おしさを感じるのも確かだ。

 何かを書きたい、わけでは無いが、何かを書く、ということを通して、それが書きたいことになってくる。そんな毎日をこれからも、何のためでもなく続けることでしか、僕は生きていくことができない。今日は仕事が終わって家に帰り、YouTubeを見始めるでも、ご飯を食べ始めるでもなく、何かに導かれるようにしてこの文章を書き始めた。僕は生まれながらの表現者、では無いけれど、僕にとってそれはやっぱり確かなことだ、と強く思う。だからこそあなたにとって、これを読まなければいけない、わけでは無いけれど、読んでしまう、そんな文章を、僕はやっぱりどうしても、書きたい。

風に揺れるレースのように

 定時で無理やり退勤した。近くの映画館で、大好きな監督の作品が20時から上映されるらしい。一度観た作品だが、もう一度観たい、とも思う。何度観てもきっと、沢山の得るものがあるだろう。けれどもう一度観たら鑑賞料で2000円ぐらいかかるし、2000円あれば新品で一冊ぐらい単行本が買える。文庫本だったら、四冊買えるかもしれない。それに考えてみれば明日も仕事だ、映画を観て帰ってきたら、それだけで大体23時ぐらいになってしまう。久々の仕事で疲れた気もするし、読みたい本も沢山あるから今日はまっすぐ家に帰るか、と思って帰路に着き、家のドアを開けると、誰もいない室内は空気がこもっていて初夏のように蒸し暑かった。クーラーをつけるべきか、いやまだ早いか、夏はまだまだ先のことだ、と逡巡した挙句、おもむろに窓を開け放つと、夕暮れの涼しい風が室内に入り込んで来て、レースのカーテンが音も無く揺れた。風は目には見えない、けれど、風が揺らす何かは目で見ることはできる。そんな当たり前のことを思った時、僕はなぜか衝動的に「何かを書きたい」と思って、久しく更新していなかったこのブログに、文章を書き始めた。

 

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 例えばそうやって僕たちは、毎日沢山のことを選択しながら生きている。何かをしよう、と思って何かをする。しかしそうすると、否応無く「しなかった何か」が生まれてしまう。あの時こうしていたら良かった、と思うのは絶対に何かを選択した後で、それを何かをする前に思うことは原理的に不可能だ。それなのに時間は限られていて、無理やり優先順位をつけて物事に取り組もうとする、けれど、人生において「優先順位」なんてものが本当につけられるのだろうか。僕が今日、映画を観に行ったら良かったのか、あるいはこうして文章を書いているのが正しい選択なのか。それを判断してくれるのは誰だ。誰もいない。僕は一人ぼっちでここに居て、何をすることが正しいのか、あるいは間違っているのか、というかそうやって「正しい」とか「間違い」を判断することが本当にできるものなのか、わからないながらも無理やり何かを判断し、選択して、日々生きている。

 そんな当たり前のことを書いてどうするのだ、と問い掛ける内なる声を無視して、とりあえず書き進める。というか、僕にはこんな当たり前のことしか書けない。僕にとっての当たり前のこと、それはつまり、「何かがわからない」という袋小路に迷い込むことを通してしか、その先にある言葉を掴むことができない。なんとなく、そんな実感がある。

 今日僕が「書きたい」と思ったのは、風に揺れるレースを見たからだ。風に揺れるレースを見なければ、僕は「書きたい」とは思わなかったかもしれない。それでも日々、やっぱり何かを書きたい、と思っていることは確かだ。その「書きたい」という衝動は一体どこから来るのか。自尊心? 自信? あるいは「何者かになりたい」という、漠然とした渇望、不安だろうか。それを突き詰めて考えたことはあまり無かった。というより、それを突き詰めて考えることからずっと逃げ続けていた。それを考えてしまったら、僕は何も作れなくなってしまうーーそんな恐怖が、いつも隣にあった。それは恐怖なのか、あるいは救いなのか。それすらもわからないけれど、なんとなくそれについて考えると、胸がざわつくのは確かだ。

 映画監督・濱口竜介は、クリエイターに必要なことを問われた時、それは「満たされなさ」だ、と言った。それは何も家庭環境がどうとか、苦い経験の有無だとか、そうしたことだけに限らない。何か素晴らしい作品に出会った時に打ちのめされる、あの感覚。自分が、自分自身の手でこのような素晴らしい作品を生み出すことができていない、ということに対する苛立ちーーつまりは「芸術的満たされなさ」を、他者の作品から受け取ることも、作品を作り続ける原動力になる、と語っていた。僕にはそれがよくわかる、というより、僕の中には元々、それしか創作における原動力と呼べるものは無かったような気がする。素晴らしい作品に出会い、そうした作品を自分の手で作りたい、と願いながら、今までも色々なことに手をつけてきた。その欲求が始めから自分の内に存在していたわけでは決して無い。毎回そうした外的要因に触発されながら、沢山の他者の言葉を受け取り、それを自分の中でこねくり回してなんとか消化して、自分の言葉で発信する。そんなやり方で、別にそれを生業にするわけでもなく、なんとなくこの歳まで続けてきた。

 ここでふと、立ち止まって思うのが、そうした「原動力」を自ら求めに行く、ということの矛盾だ。何かを書きたいけれど、何も書く気が起きない。そんな時に誰かの作品に触れて、無理やり自分の中にあるエンジンを稼働させることは簡単だ。しかしその根幹の、「何かを書きたい」という欲求が、一体どこにあるのか。それがわからない以上、何かを書くことがただの目的と化し、本当の意味で「書く」ことはできない。そうやって、色々な作家の本や音楽、映画を通して学んできた。けれどそれは、それを生業にしている人たちの考えでしかない。別に僕は仕事柄、こうやって文章を書くことを求められているわけでも無いし、僕が何も書かなくたって誰も困らない。それなのに、書きたい。書かなければいけない。その衝動が湧き上がる根幹に、今はとにかく目を凝らしたい。けれどそれも、一体何のために?

 そうやって考えながら書き進めながら、僕にとってはつくづく、こうやって何かを作ることと「生きる」ことは似ている、と思う。何もそれは、「作ることが生きることだ」なんていう御託を並べたいわけでは無い。生きていることも、突き詰めて考えるとやっぱり意味なんて無い、と思うのだ。僕が死んだところで、少ないながらもそれを悲しんでくれる人はいるかもしれない、けれど、その人たちもやがては死ぬだろう。子供を作ってその孫ができたって、あるいはベートーヴェンの「第九」のような至上の名曲だって、それが何億年も先に、自分が死んだ後の世界で連綿と続いて生き続けるわけでは無い。この地球上にあるものは全て、やがては滅びる。いつかは太陽や、他の宇宙に存在する何らかの光に全てが音も無く吸収されて、その光もやがては消える。原子レベルでも、僕たちが生きていることは何一つ残らない。死後の世界を信じているわけでも無い。だとしたらやっぱり、生きている意味なんてどこにも無い、と、別にそれは悲観的なわけでも無く、単純な事実としてそう思う。

 それでもやっぱり、生きたい、と思う。そこに意味なんてものは存在しない。ただ生きたいのだ。それと同じように、僕は今、何の理由も無く書きたい、と思っている。それがたぶん、全てなのだと思う。よくわからないし、言葉では上手く説明できないけれど、きっとたぶんそういうことなのだ。

 

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 結局何一つ言葉にできないまま、当たり前のような結論に行き着いてしまった。気付けばもう、映画が始まる時間だ。少しだけ腹が減ってきた。生きている意味なんて無い、とどれだけ信じていようと、それでも腹は減るから不思議だ。そろそろ何かを食べよう。

 こういう感じでのうのうと生きていたら、きっとすぐに夏がやって来る。夏が終われば秋が来て、それから冬を越えたらまた、あたたかい春がやって来るだろう。そしてその春を、僕は僕の周りにいる優しい人たちと共に迎えるだろう。そこに意味なんてなくたって、やっぱりそれはそれだけで素晴らしいことだ、と思う。僕はただそうやって生き続ける中で、風に揺れるレースのように、これからも何かを書き続けたい。

開かれた救いへの道ーー濱口竜介『悪は存在しない』2024年5月5日

 悪は存在しない。とは言え、善は存在する、と信じたい。ある概念を指し示す言葉が、その対義語によって相互補完的に初めて意味を成すのだとすれば、「悪」の存在を否定することは「善」の存在を否定することにも繋がる。そうした矛盾について考え始めるとどこまでも際限の無い袋小路に迷い込んでしまい、手触りや実感の無い、まるで「宇宙」のような無限の世界を想像しているようで、不意に目眩がしてくる。

 しかしそうした、片方をもう片方が支えている、と考えること、あるいはそのバランスに目を凝らすことこそが、自分に生の実感をもたらしてくれる、ということも、これまでの人生を通してなんとなくわかってきた。苦しんだ仕事の後に飲む酒はやっぱり美味いし、嫌いな上司にもきっと、家に帰ったら愛し愛される家族が居る。一人暮らしの気儘さに身を委ねながらも、自由とは結局拘束の中にあるのだ、と実感するような場面も増えてきた。だからこそ、人は生きている中でそうした矛盾に否応無くぶつかるのだと思うし、もしかするとそれは「ぶつかる」ということではなく「開かれる」ということなのかもしれない。そう、僕が先に書いた「袋小路」は、こうした矛盾だらけの世界においては見方を変えれば、他でも無く、唯一の開かれた救いへの道、でもあるかもしれないのだ。

 濱口竜介監督の『悪は存在しない』は、そうした善悪の矛盾が存在する世界を執拗に描きながら、それを「執拗に描く」ということを通して、開かれた世界を観る者に信じさせる、素晴らしい映画だった、と思う。衝撃のラストシーンについて、観る者はそれがどういう結末だったのか、考えざるを得ない。しかしその答えをはっきりと理解することは、きっとこの映画を何度見たとしてもできないだろう。それはこの映画が、観る者にとっての開かれた救いへの道であるために必要なことなのだと思う。だからこそ僕は、その救いへの道を辿るためにも繰り返しこの映画を観て、何度でも善悪の袋小路に迷い込みたい。

自分の感受性くらい

 忙しない毎日が続いた。「忙」という字は「心を亡くす」と書くが、字の通り、仕事で忙しくしていると何かを美しいと思う感情も、人の優しさを愛おしく思うことも、簡単に見失ってしまうような気がする。やっとのことで仕事を終えて家に帰ったところで、米を炊き、決して美味くも無いコンビニの惣菜をかきこみ、洗い物をして風呂に入って、だらだらとYouTubeを見ている隙に、既に夜は明日に向けて動き始めている。そうして何も果たしていない自分に嫌気が差し、時が過ぎていることすら忘れてしまおう、と自棄になって布団に潜り、無理やりに目を閉じても、夢の中でも時間やタスクに追われていることに気付く。何かを思い通りに忘れることはできない。忘れたいことより、忘れたくないことを増やさなければ、自分の心はいつの間にか乾き切ってしまうのではないか。よくよく考えてみれば、「忘」という字も「心を亡くす」と書くから不思議だ。


 幸せというのはきっと相対的なもので、人は自分の中だけで幸せを実感することはできない。だからこそ周りの人と語り合い、感情を共有することで幸せを見出せる、と信じて生きているが、ある特定のコミュニティで過ごす時間が長ければ長いほど、そこでの幸せのあり方が、いつしか自分の日々の幸福の全てへと成り変わってしまう恐れがある。仕事は自分の人生にとって二の次で、本当はもっと大事なことがある、と信じてはいるけれど、時間というものは本当に残酷で、そうして別の豊かさを信じる自分と比較して心を亡くした自分でいる時間の方が長くなると、いつの間にか自分の幸せのあり方全体が、心を亡くした自分の方に強く引き摺られてしまう。それでも自分では「心を亡くしている」とは気付かなくて、気付かないからこそ自分の中で、その力に抵抗するために必要な体力を捻出することすら、できなくなってしまう。というか、単純に疲れ果ててしまった。ここ最近はずっと、そんな感じだった。

 

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 先週の金曜の夜、ふと思い立って仕事終わりに一人で映画を観に行った。アンドリュー・ヘイ監督の『異人たち』という映画で、僕はその監督の作品をかねてから愛してやまないのだが、その日が公開初日だった。現実と非現実が往還し、生と死の境で描かれるその映画は、本当に素晴らしい作品だった。僕はその時、誇張でもなんでもなく「こんなに美しいものがこの世に存在しても良いのだろうか」と思った。エンドロールが終わって映画館を出て、駐車場から車を走らせながら眺める夜道は、いつもよりも明らかに美しく思えた。仕事で犯したミスや、苦手な人の顔など、すっかり忘れていた。というより、そんなことを思い出す暇も無いほどに、僕はその映画から受け取った美しさの中にその時、生きていた。

 今になって思えば、きっと僕はその映画自体の美しさに感動していたわけではなく、僕がその映画を見て「美しい」と思えた僕自身の心の方に、感動していたのではないだろうか。自分が「美しい」と思える映画に出会い、その後の自分の目に映るすべてが美しく思えるーーそんな瞬間を、そんな瞬間の中だけで生きていた学生時代とは明らかに異なる感触で、僕はその時、確かに生きることができた。先の表現に即して言えば、その時、僕の中の「美しさ」を感受できる僕が、心を亡くしていた今までの自分に打ち克ったのだ。素晴らしい作品は、いつもこうして僕の中の僕を、僕が「こうありたい」と思う僕の方に、力強く引っ張って行ってくれる。


 そうして僕自身が心を豊かにされたことと同じように、僕も誰かの心を豊かにする手助けができるのだろうか、と思う。昨日の夜、僕が好きな本の一節をお勧めした時に、すぐにそれを読んで、「すごい」とラインを送ってきてくれた人がいた。僕はそのラインを見た時に、なんだかすごく幸福な気持ちになった。僕にとっての幸せは、きっとこうして育まれていくのだろう。自分が思う美しさを、誰かが美しいと思ってくれた時、そこに幸せが芽生える。それだけを信じて生きていれば良いのかもしれない。


 そうやって思ったことも、忙しくしていたら簡単に忘れてしまうだろう。だから絶対に、心を亡くしてはいけないのだ。自分の感受性くらい、自分で守れ、ばかものよ。明日はなんとしても、定時で上がろう。

「わからない」の先にあるものーー横浜トリエンナーレ「野草:いま、ここで生きてる」2024年3月30日

 「わからない」ということと「わかる」ということの間にある無限の宇宙に、目を凝らす。しかしそこにあるのは、いつも茫漠とした暗闇だけだ。どれだけ追いかけた所で、何かを掴み取ることなどできやしない。それは、「わからない」ということと「わかる」ということが、常に相互補完的なものであるからだ。

 無知の知、あるいは不知の自覚、とも言うが、我々の世界の認識はこうした言語的なパラドクスの上に成り立っている。「わからない」ということと「わかる」ということが全く別個のものとして存在しているのではなく、「わからない」からこそ「わかる」、逆に「わかる」からこそ「わからない」、という相互の往還を通してしか、僕らは世界を自分の目で見つめることができない。片方を支えているのは、常に、その逆側に存在する概念である。

 しかしそれが「逆」であるが故にそこにはいつも矛盾が生じ、もどかしさがある。もどかしさを得た瞬間、僕らは癖のようにそこから逃れようとし、短絡的な回答を求める。それでも、そうした往還の無い一方通行の理解の押し売りは、やがて破綻を来す。それは芸術作品と接している時も、人間と接している時も、果てには国と国が戦争を起こす過程においても、きっと同じことだと言っても言い過ぎではないだろう。関係性とは決して、「わかること」では無く、「わからないこと」の連続でしかない。その考え方を、自身の骨の髄まで浸透させる必要がある。

 そのもどかしさに耐えること、言い換えれば、「わからない」という状態のままその場に居座り続ける忍耐力を持つことができてはじめて、僕たちは「自分の目で世界を見ている」と、自信を持って言うことができるのではないだろうか。そしてそうした「自分の目で世界を見ている」という実感を持つことこそが、いま一番必要とされていることであり、情報過多の社会で僕らが対峙している厳しい試練なのだ、と思う。


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 横浜トリエンナーレ2024「野草:いま、ここで生きてる」は、正直に言って「わからないこと」だらけの展覧会だった。入場した瞬間から、まず、どこに進めば良いのかわからない。マップに大まかな矢印は書かれているものの、展示の中で明確な順路も示されず、まるでどうやって進めば良いかは自分の頭で考えろ、と問いを突きつけられている気分だった。そしてわからないままにふらふらと進みながら行き着く先々で、展示されている作品の意図も、判然とうまく掴むことができない。爆撃音を口で表現するウクライナ人の声、母親と同じ体型の人形を愛でる女児の写真、自分の口で、水溜まりの雨水を別の場所に移し替える男性の動画。多岐に渡り展示される、これが果たして作品と呼べるのかわからないような作品群を見て、僕らは一体、何を考えれば良いのだろうか。そうした疑問が芽生えても、作品からはその明確な答えは一向に示されない。それでも、僕たちはこうして「何もわからない」世界に生きているのだ、と、そのわからなさがわかる、という不条理な感覚が、薄っすらと胸に芽生えるのを感じる。

 最後の展示室に入室すると、不意に途轍もなく大きなサイレンの音が聞こえる。とても耳障りな音だ。その音を聞いていると、自分がどれだけ不安定な世界に生きているのか、となんだか絶望的な思いを抱いてしまう。いつ、どこから矢が飛んでくるのかわからない。こんなサイレンが鳴り響くような攻撃が、いつか自分の身にも降りかかる日がやってくるのではないか。不規則に鳴り響くその音は、そうした自分の胸に微かに生まれた不安を、これでもかと言うほど助長し、増殖させていく。

 そして展覧会の最後、一番出口に近い所に、一つのボタンが置かれているのが目に入る。それを徐に押してみると、その一室に今まで聞こえていた大音量のサイレンが鳴り響き始め、驚かされる。そしてそこで、はたと気付く。そうか、この不安定な世界を生み出しているのは、他でも無く、こうして何も「わからない」ままにボタンを押してしまう、自分の手によるものだったのか、と。


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 わかっているように思えて、わかっていないことが世界にはたくさんある。わからないでいた方が幸せなことも、たくさんあるかもしれない。それでも、わからないなりに、わかろう、と努力を続けること。その姿勢が無ければ、僕らは簡単に誰かを傷つけてしまうし、永遠に誰かと幸福を分かち合うこともできないのだ。そんな風に背筋を正される、素晴らしい展覧会だった。