2024-01-01から1年間の記事一覧

自分の感受性くらい

忙しない毎日が続いた。「忙」という字は「心を亡くす」と書くが、字の通り、仕事で忙しくしていると何かを美しいと思う感情も、人の優しさを愛おしく思うことも、簡単に見失ってしまうような気がする。やっとのことで仕事を終えて家に帰ったところで、米を…

「わからない」の先にあるものーー横浜トリエンナーレ「野草:いま、ここで生きてる」2024年3月30日

「わからない」ということと「わかる」ということの間にある無限の宇宙に、目を凝らす。しかしそこにあるのは、いつも茫漠とした暗闇だけだ。どれだけ追いかけた所で、何かを掴み取ることなどできやしない。それは、「わからない」ということと「わかる」と…

「美」を言葉にすることーー大川美術館「コレクターの目」2024年3月23日

ある一枚の絵を前にしてしばらく立ち止まり、食い入るように細部を見つめたり、逆に少し離れてぼんやりした目で全体を眺めたりしながら、ただ時間が過ぎていく。そうした刹那的で、それでいて限りなく充実した時間に抱いた自身の感慨を、言葉にすることはひ…

10分

言葉が言葉を呼ぶように文章を書く、書いてみる、書いてみようと思う、そう思っている、今、何を書こうか、何を書くべきなのかわからない、今、今が過ぎていく、過ぎていく度に今が過去になる、だから過去になる前に今を繋ぎ止めようとする、掴み取ろうとす…

光と翳の夢

暗闇の中に据えられた幾つもの街灯の光が、点ではなく一筋の線となって順繰りに、自身の後方へと流れていく。それを見て僕は「景色が流れている」、あるいは「時間が流れていく」という確かな実感を得るけれど、変わらずそこに在り続ける自分自身の息遣いの…

雲ひとつない青空の向こうに

二度寝から目覚めて、カーテンを開ける。あたたかく穏やかな光が室内に入り込み、僕はその光の中で、自分がいま夢と現実のあいだに立っていることを自覚し、いつまでも夢の中にいたい、という思いと、早く現実に戻らなければ、と焦る思いの両方に蓋をする。…

「現実を超えた現実」と出会い続けるために

現実以上の手触りを持った現実がここにある。 濱口竜介の『ハッピーアワー』『親密さ』といった初期の作品群を観た時に抱いたのは、無理に言葉にしようとすればそんな感慨だった。無駄な説明は排され、登場人物たちが「ただそこに存在している」ことが、スク…

月が近づけば少しはましだろう

何をしていても、無意味に思えてしまうことがある。「結局のところ人生に意味なんてないのだ」という諦念を腹の底に抱えながらも、それでも生きているのだから、大小問わず自分なりの生き甲斐のようなものを見つけ、あるいはそうした生き甲斐を「探す」とい…

作曲に関するあれこれ

今年に入り、久々に作曲をしよう、と不意に思い立って、幾つか断片的で形にならないものを作り続けている。昨年の7月ぐらいから作曲にはほとんど手をつけておらず、それよりも文章を書きたい、という欲求に対して素直に、毎日日記を書き続けてきた。そうし…

パーフェクト・デイズ

年始一本目に観た映画は、ドイツの映画監督・ヴィム・ヴェンダースが日本で撮った、『PERFECT DAYS』という映画だった。俳優・役所広司がカンヌ国際映画祭で最優秀男優賞を受賞した話題作で、「THE TOKYO TOILET」という、渋谷区の公共トイレを快適なものに…

「僕」と「世界」の間に

正月から不穏なニュースが続いている。能登半島を震源とした大きな地震が起き、津波があった。羽田空港では着陸した航空機と別の航空機が接触し、炎が上がり、死者が出た。僕はそうした痛ましい報道をテレビ越しに見つめながら、空腹を満たすため一人、コン…