20210109

文學界創刊一〇〇〇号記念特大号を読んだ。

あるニュースが出回った時、それに対する匿名一般人のコメントが共有されやすい世界になったと思う。さらに言えば、ニュースで取り上げられている言説や、政治家が表向きに語る公約よりも、SNSやネットニュースのコメント欄を見ていたほうが、より真実に近づけるのではないかと思う節すらある。その様な穿ったニュースの見方をしたり、過度にコメントや呟きに呼応してしまいそうになる考え方は危険だけれど、結局のところ全ての人は「社会の真実」のようなものを求めているから、自分なりの真実を探していく指針としてコメントの👍ボタンや👎ボタンの相対的な数を見ていれば、ある程度世間一般の考え方や傾向がわかった様な気になってしまう。そんな時、安心感と同時に変な居心地の悪さがあって、この居心地の悪さがどういう原因によるものなのか、ずっとわからなかった。

この本の中では、いろんな人が、いろんなことを語っている。その方法はエッセイ・物語・短歌といったジャンルにとらわれず、各々が独自の体裁で、自分の言葉で書いている。それらは必ずしも同じ様な価値観に集約するものではなく、むしろ真っ向から対立するような価値基準から発せられた言葉と思える場面もある。この本の素晴らしいところは、それらの言葉が「すべて同じ土俵に存在していること」であって、各作家の思考や信条の多様性が出版社側の👍や👎の記号のような賛成反対の二項対立で示されるわけでもなく、誰かの作品がクローズアップされるわけでもなく、読者に対する投げかけとして公平に発信の場が与えられていることだ。もしかするとこれも受け取り側の僕の都合の良い考えで、実際は複雑な事情や何かしらの圧力があって発せられた言葉もあるかもしれない。けれど、僕自身がこう解釈したということ自体に嘘はない。

何を言いたいかというと、結局僕らは自分の経験や学んだことを踏まえてしか物事を本当の意味で「考える」ことはできないと思う。当たり前のことだけど、その当たり前の感覚を失ってしまったら、誰かに言葉を投げかけたり、誰かを愛したり、信じたりすることもできなくなってしまう気がする。変に熱くなってしまったけれど、この変な熱さが自分の中にまだ残されていると気づかせてくれた意味で、とても良い読書体験になった。おすすめ。